FC2ブログ

私的311

いつか、きっと。

P1230754.jpg

震災前の2010年9月5日、初めて訪ねた妻の親戚筋のお宅の前に広がっていた田園風景(北上川河口の長面の辺り)に思わず惚れ込んで、パチリ。巨大な津波が半年後この真上を写真の奥へと突き進み、大川小学校の児童を含め多くの人命を奪うことになろうとは…。地盤沈下のため今もここは海の一部になったまま。写真下は震災の5カ月後に見た、かつて田園だったところ(反対側の方角から撮影)。

P1270458.jpg


門脇小学校付近で

IMG_6658.jpg
IMG_6657.jpg

津波の被害に遭ったクライアントのお店が再開店したためお祝いの花を届けた帰りに、石巻中心部の被災地へ初めて立ち寄る。通り雨のような大粒の雨が降る中で黙々と墓地のヘドロを片づけていたのは、学生かと思いきや某大企業の皆さん。いろんな方が助けに来ているんだと実感。(2011年9月)


志津川(南三陸町)

IMG_5778.jpg

神奈川にいる兄が震災後初めて仙台に来たので一緒に被災地を通りながら親戚回り。登米市の米谷から志津川、気仙沼、折壁へ。母方の御先祖は志津川でワカメ関係の仕事をしていて、今回の津波で一族に9人もの犠牲者を出したとのこと。米谷の祖父母宅も地震で全壊。気仙沼の従姉妹も勤めていた工場が被災して求職中とのこと。(2011年7月)


仮設住宅

P1280151.jpg
P1280157.jpg

義母が石巻の仮設住宅に入居することになったので、入居日に家族全員で行ってお手伝い。何も無いのでコップから調味料、コタツ、ストーブ、布団等々一通りをニトリやホームセンターで調達。驚いたことに、新品の32型液晶テレビ、洗濯機、電子レンジ、冷蔵庫などが備えられていて、それは退去する時にいただけるのだとか。「うちの電子レンジより立派だ!」と誰かが。(2011年11月)

義弟の乗っていた船に

IMG_6426.jpg

義弟が最近まで乗組員として乗っていた船を見学に塩釜港へ。地震の時は、福島の小名浜港に船を停泊させて、マイカーで買い物か何かしていたそうです。ドドドドドーと地震が来た後、数人の仲間を車にキャッチアップして港へ急行。残っていた乗組員には船を動かせる人が居なかったためどうすることもできなかったそうですが、彼らが船に乗り込んだことで、間一髪、沖へ逃げることができたそうです。そのような危機一髪の話が山のようにあったのだと思います。(2011年8月)


北海道の義父母に会いに

IMG_6493.jpg

夏休みを利用して妻と子が義父母のいる北海道へ。震災後、北海道で教員をしている義妹のところで静養(?)していた義父母。こんなことでもなければ、北海道へも行かないはず。震災は人もお金も何かと動かすようです。写真は子供と何度か行った空港近くの公園から撮影したもの。空港はきれいになりましたが、公園はひどい状態でした。


仙台七夕

IMG_6264.jpg

鎮魂の思いが込められた今年の仙台七夕でした。


あるクライアント様から届いたお花。

IMG_4741.jpg

添えられたメッセージには
「5月号拝見しました。非常時にも使命を全うした千葉さんへのプレゼントです」と。
ちと嬉しい、しかも店主は美人とな~。


震災後、初の配達

P1240919.jpg

この震災でもシルバーネットは休刊することなく4月号を出しましたが、配達は困難を極めました。
思わぬ通行止めに遠回り。

P1240966.jpg

ヘドロを除けながら車を走らせた宮城野区蒲生の辺り。ようやく配達先に到着すると、津波で家の中が泥だらけで誰もいないということも。とにかく紙面は汚れないようにいつも通り置いてきましたが…。


震災1週間後に雄勝町水浜へ

IMG_3866.jpg

前にも書きましたが、なんとか町にたどり着くと、信じられない光景が広がっていました。自衛隊ヘリが物資を下ろす緊張感あふれる光景は、まさに戦場。ここが、ここが、ここが、紛れもない故郷。CGでも、猿の惑星でも・ない。

IMG_3816.jpg

避難所で出会えた義父母の笑顔。

IMG_4697.jpg

水浜という小さな漁村の高台にあった妻の実家(写真左)。しかし、津波は一階部分を飲み込み、引き波でガレージと車を押し流してしまいました。1階部分はヘドロと家具が散乱していましたが、2階に上がってみると何事も無かったかのように畳に布団が敷かれたまま。それがかえって、切なさを増させるのです。


震災時の我が家

P1240754_1.jpg

携帯のワンセグでニュースに見入る母

P1240758.jpg

暖房が無いので布団にくるまる子供たち。こいつらの無邪気さには助けられましたね。

IMG_3587.jpg

結婚式のバカでかいロウソクが大活躍!! 小さなロウソクすら貴重品に見えたこの頃、その堂々たる炎はたのもしかったでございます。捨てないでよかつた。


震災時の仕事場

P1240737.jpg

ギャー! お客様と打ち合わせをする応接ルーム。4月7日の余震でも、またこんな感じに。
今、気が付きましたが、奥のガラス窓が全開になってますね。
ちなみに、建物はモルタルの壁が砕け落ちるなどして半壊。12月まで足場が架けられ、大手術が行われました。

P1240734.jpg

私の机。地震の時、取材に出て居ておりませんでした。
スポンサーサイト



コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する