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地獄を見た

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 急きょ雄勝町に行ってきました。親戚筋から避難所に居る義父母が迎えに来て欲しいと言っているという電話が入り、シルバーネットの配達用に温存していたガソリンを目をつぶる思いで使うことに。道路が寸断されているので走ったことのない山越えの峠道を「その車じゃ通れないかもよ」と途中で道を尋ねた人に言われながらも妻の軽自動車で行ってきました。山道をぐるぐる走り続けた後、視界が異様なほど開けた時に見えた光景は、まさに地獄絵(写真)。見渡す限り、がれきとひしゃげた車、家の一部と分かる大きな残骸、2階まで全ての窓が吹き飛んだ小学校、公民館の屋根の上に乗った観光バス。不気味な静けさと、風に揺れるビニール、頭上をかすめる自衛隊ヘリの爆音は枕経のようにも聞こえました。いつも通っている道に面影は無く、必ず立ち寄っていたコンビニは曲がりくねった赤い鉄骨だけとなり、田舎町で頑張っていた本屋も寿司屋もその他の建物も全て消えていました。現実感の得られない、圧倒されるばかりの廃墟。人情にあふれ、ホタテや牡蠣といった海の幸に恵まれた自慢の古里だったのに。
 雄勝を越えて3分ほどで義父母のいる小さな漁村水浜へ。津波は高台にある義父母の家にまで襲いかかり、一階をえぐり取られて住めない状態に。魚や野菜を仙台の我が家まで運んでくれた白いセドリックも流されて、斜面に宙づりのように。他の家々もほぼ全滅。妻の同級生の両親は未だに行方不明、最初の波が収まったところで貴重品を取りに家に戻って第二波に飲み込まれた人もいたとか。唯一うれしい誤算というか、義父母が思っていた以上に元気そうだったのが救いでした。

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 4月にオープンする予定だったという「雄勝保育所・雄勝子育て支援センター」も無惨な姿に。一度も利用されることのなかったこの建物は、まさに雄勝町の未来と希望を担う象徴であったはず。子育てに恵まれた環境を作り、若者が仕事をしやすいようにして、次代を担ってもらいたいと…。今はだれ一人思い描くことの出来ないそんな未来だけど、いつか下を向くこともなくなり、街への愛を失わなければ、もしかしたら、海の人たちは強いから…。
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コメント

すばらしい

じつにいいブログ記事ですね。
勇気を与えてくれる内容、編集長どの、感謝します。

こういう記事を発信し続けることこそ、
復興の礎になるのだと思います。
私も機会あるごとに参加させていただければと思ってます(が、このサイトは編集長のつぶやきでしたね。だからまた別の形で・・・)

ほんとひどいですね

一日もはやい

復興を願います。
v-208

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